誰がために寿司は廻る

一人暮らしの社会人が好きなことを書きます

期待

Twitterをやっているとき、私は他人にあれこれ要求してしまいます。

例を挙げると、アイコンを気持ち悪いものにするな、生々しい下ネタツイートをするな、引用RTばかりするな、延々と意味のない空中リプライをするな、などなど、枚挙にいとまがありません。そういうことを思ったとき、毎度言うわけではないにせよ、ちょいちょい空中リプライ、あるいは@付きのリプライという形で意思表示をしてしまいます。

もちろんそんなのはリムーブなりブロックなり、角が立つと言うのであればミュートなりすればいい話です、それはもちろんわかっているのですが、私はなるべくであればリムブロをしたくない性格で、ましてやミュートなんて絶対しないと決めているので、リムブロをするほどのことではないけど気になる、という段階で、その気になっていることをその人に伝えたくなってしまうのです。

まあ私が伝えたところで直ることはあまりないです、見知らぬ赤の他人にそんなこといきなり言われても知るかよって感じでしょうし当然のことですが、おこがましくも心のどこかで「直してくれたら嬉しいな」と思って言っているのだと思います、そうして気になる点がなくなれば、私がリムブロしようかどうしようかと思い悩むこともなくなるからです。

個人的には、何も言わずに去る人が一番悲しいです、どうしてブロックされたかもわからず、だから改善することも弁解することも、元の関係に戻ることもできない、完全になすすべがないわけです、そういうのがすごくイヤなんだと思います、相手のことが好きであればあるほど、その気持ちは強いですし、いきなり関係を絶たれたときの悲しみやモヤモヤは大きいです。例えるなら、仲良くしていた友人あるいは恋人にいきなり理由もなく着信拒否なりブロックなりされて、もう会いたくない、と言われたら嫌じゃないですか。事情を聞こうにも連絡手段がなく、なんだよ!俺が何をしたんだよ!とイライラモヤモヤして、実はその原因が「一緒に歩いているときにすり足で歩くのが嫌だったから」「カレーを食べるときにライスとルウをぐちゃぐちゃ混ぜるのが耐えられなかったから」なんていうしょうもないものだったら、言ってくれればそんなの直したのに、なんて思うと思うんです。この例は少々大げさですが、私はこれに近い感覚でいます。

だから私が逆の立場でもそうです。気になっていることがあるのであれば、いきなり関係を断絶するぐらいなら、まずそれを指摘して欲しい、そういう風に思っています。それ故に相手にもそれを要求してしまうんだろうなと思います。

中には黙って関係を切ってくれた方がいい、自分は何を言われても改善できないしするつもりもない、なんて人もいるでしょう、そういう人たちには私のようなスタンスを押し付けることになってしまうので、申し訳ないなと思います。

 

ふと、高校の頃の社会か何かの授業を思い出しました。資本主義社会では、生産者たちは同じ値段でどれだけ良いサービスを提供するかを競い合い、消費者が生産者にサービスの質を要求するということ、例えばレストランで料理にハエが入っていたら苦情を言う、お冷やがぬるかったら指摘する、そういった客はその店により良いサービスを期待しているからで、一方期待をしていない人は苦情もいわず黙って店を出て行く。共産主義社会ではモノやサービスの規格や値段が統一されており、誰が何を作ろうと同じなので、消費者は生産者に対してそれ以上のパフォーマンスの向上などは求めない、という話です。

この話を踏まえた上で、私が他人に対してあれこれ要求してしまうのはそれだけ相手に期待しているからだといったら、あまりに都合のいい話と思うでしょうか。でも本当にそうなんだと思います。この人は何も期待出来ないな、何言ってもわかってくれないだろうな、って人には私だって何も言いません。

どんな相手でも人間関係を軽く考えられないです、それなりの理由もなしに人との関係を切ることはしたくないです、我慢して付き合い続けるぐらいなら、気になるところはちゃんと言いたいですし、もしそれでダメになってしまったら、やっと「この関係はしょうがなかったんだ」とある意味スッキリ納得出来ると思うのです。