誰がために寿司は廻る

一人暮らしの社会人が好きなことを書きます

自分史のススメ ー 将来のために過去を振り返る(前編)

こんばんは、すしはかせです。

そういえば自分のことちゃんと書いてなかったな、とふと思って、今更ながら自己紹介をさせて頂こうかと思います。
せっかくなので、"自分史"というものを書いてみることにしました。感想やメリットなんかも併せて伝えていけたらと思います。

※今回はお役立ち記事ではなくただの自分史になっていますので、無理のない範囲でお付き合い頂けたら嬉しいです。

生い立ち

オギャッ

1992年4月28日、神奈川県に生まれます。
極度の恥ずかしがり屋で、自己紹介も出来ない子供だったそうです。
幼稚園の新しく入った組でも自己紹介ができずにずっともじもじしていて、見かねた先生が私を紹介した、 というのが人生でかなり序盤の記憶なんですが、我ながら情けなくなってきますね!
今だって人見知りだけどさすがに自己紹介ぐらいは出来るので、私の25年は無駄ではなかった。

2つ下の弟とすこぶる仲が良く、一緒に畳の上でうつ伏せになってバタバタしている写真なんかは我ながら可愛い。

当時から食いしん坊。特にいくらが好きで、ひとたび食卓に発見すると隠しても「あかいの!」と指さしたそうです。齢2にしてすしはかせじゃん……
絵を描くのが好きで、幼稚園で他の子にポケモンの絵を描いてあげてはお菓子と交換してもらっていた記憶があります。どんだけ食いしん坊なんだ。

物静かな子供で、法事に連れて行ってもずっと正座して静かにしていたので、親戚のおばさんから「はかせちゃんがもう少し騒いでくれれば早く終わったのに~!」と言われた、というエピソードが気に入ってます。

小学校時代

「申し訳ない」という気持ち

親が共働きだったので、放課後はおばあちゃんの家に行くか、ハマっ子クラブという横浜市の学童保育のような施設で絵を描いていました(オタク)。
基本的にぼんやり生きていたらしくて昔の記憶は少ないんだけど、この頃から覚えてることが出て来ます。
一度、下校の時に、おばあちゃんが学校の正門で待っていたのに、友達と一緒に裏門から帰って、あとで帰ってきたおばあちゃんにリビングに正座させられてめちゃめちゃに怒られたのを強く覚えています。生まれて初めて「申し訳なかった」という気持ちになって、ポロポロ泣きました。

初めての転校

小学三年生のとき、親の仕事の関係で都内の小学校へ転校しました。
人見知りの私が新しい学校に馴染めるはずもなく、仲間外れにされるようになります。人が見たらいじめだと言うでしょうが、私は我が強かったのでいじめられたとは思ってなかったですし、向こうもいじめてるとは思ってなかったでしょう。数年後、地元でばったり会ったら普通に「はかせじゃん!」って声かけられて「お、おお」って感じで普通にしゃべりました。
テニプリにハマって女オタクに足を突っ込み始めたのもちょうどこのくらいです。この時代の女子、テニプリにハマりがち。

さよならお父さん

五年生くらいの時に、両親が離婚します。
私は自分では気にしていないと思っていたのですが、今思えばその影響は小さくなかったのかもしれません。離婚そのものよりも、それによりヒステリックになった母に釣られる形で、常に心が波打っていた気がしています。私より2つ年下だった弟の方は、もっと荒れ模様でした。

「かわいくない」子供

六年生の頃にはかなりかわいくない子供が出来上がっていました。中学受験をすることもあって、地元の中学に上がる生徒ばかりの我が校では、教師の悪いところを全て煮詰めたみたいな担任のハゲ先生にもいびられていました。
塾に通っていると学校のテストって本当に簡単なので、返ってきた満点のテストを即座にゴミ箱に捨てたら、すげー剣幕で怒られました。わけのわからない理由で残らされたりもしました。さぞかし私はかわいくない子供だったのだろうと察しますが、先生は許しません。

中高時代

小学校でハブられながらもがんばって中学受験をして、第一志望ではないにせよ唯一受かった進学校に進んだ私は、今までの人間関係を完全にリセットした環境で、少しずつのびのびと明るくなっていきます。
見学に行った演劇部で台本を読んでみて、褒められちゃったりして、一緒に見学に来ていた子に乗せられる形で入部します。美術部にも入り、同級生の友達もできました。
2年生になる頃には友達も少し増え、親友と呼べる人もできました。クラスは好きではありませんでしたが、部活や修学旅行は大好きでした。帰りは友達と寄り道をすることが多く、マックに行ったりゲーセンに行ったり、シュークリームを買い食いしたり、デパートの屋上のベンチで、帰らなきゃいけない時間ギリギリまで話し込んだりもしました。友達と話したことはほとんど覚えてはいないけれど、どれも本当に楽しかった。
文化祭の時期には、二つの部活だけでは飽き足らず、漫画同好会にも誘われてホイホイ入り、有志の文化祭実行委員にも入りました。エネルギーが有り余っていたのだと思います。若いってすごい。
勉強は得意な方でしたが、好きではなく、継続できない私は高校生後半になると周りの生徒にどんどん抜かれるようになります。母に言われるがままに受けた東大には余裕で落ち、早稲田に進学することになりました。


長くなるので後編に続きます!